Home > Murmur of Reiban-san
れいばんサンのひとりごと

第20球 「やるだけのことをやったら何も言われない」

試合が迫っていた。

ピッチャー花房タツヤ、キャッチャー稲見たくみ、ファースト黒原茂雄、セカンド小森萌子、サード松島真司、ショート新津フミヤ、レフト岩長耕平、センター宮田潤一郎、そしてライトは大林淳が助っ人してくれることになった。
だが・・・

5対6

奇跡的に復活を遂げていた夢小金井高校が、あと一歩で甲子園を逃した瞬間を、茂雄はこのところ毎晩、夢に見るようになっていた。
板野ユウキと茂雄との勝負以来、夢小金井高校の選手たちにも《勝負》に対する思いが強くなり、監督・尾花知憲の下、メキメキと力をつけて行った。
しかし、急激なハードトレーニングは選手たちの肉体を蝕む悪魔が少しずつ間を詰めていき、結果、甲子園行きを1歩前にして、牙を剥いたのだ。

ユウキたちの試合を観戦しにいった茂雄たちは、一抹の不安を覚えた。
夢小金井商栄会のメンバーはその実力をあげている。しかし、本番はどうなるか分からない。練習を積めば積むほど、茂雄やほかのメンバーたちの間にも不安が広がってのだ。


「そういうことか・・・」
MAC BOOK AIRが導き出した分析を見つめて、岩長耕平は呟いた。
翌朝
グラウンドでの特別早朝練習に遅れてきた岩長は、早速、花房タツヤに小突かれたが抵抗はしなかった。
「まるで《ラブひな》に出てくる浦島景太郎のようないぢられようですね。まあ、相手が女子ばかりの集団ならまだ救いもありますが、ここは男ばかりですからねえ。かわいそうに」
親友・ミヤッティこと宮田潤次の、アニメ薀蓄を交えたトークなども、慣れた話だとばかりに軽くかわし、グラウンドに着くなり監督・サトシの元に直行した。
「なんだ、耕平?難しい顔をして。というか、そんなものグラウンドに持ってくる必要ないだろう。早くグローブ持って守備位置につけ」
「試合まで、あと1ヶ月となりました。そろそろ敵の情報も出てくるのではないかと思いまして、知り合いの市役所職員を通じて情報収集しました」
「な、なにー!!」
サトシが反応する前に、タツヤたちが大声でベンチに向かって顔を向けた。
「さ、さすがIT野郎。なかなかやるぜ!そうなんだよ、オレらも『そろそろ分析しなきゃなあ』って言っていたんだ。で、で、どうなんだ?」
急かすタツヤをやんわりと制して、岩長は徐にパソコンを開き説明を始めた。
ピッ
「これが、先方の練習風景と先日行われたとなり町との試合の様子です。こっちの赤いユニフォームが夢小金井市役所チームです。これを観て下さい。このサードの選手がかなりのクセモノなんです」
「なんだよ、ファンブル(エラー)してんじゃねえかよ」
誰かのツッコミも計算通りという感じで岩長は再生を続ける。
バシーン!その次に繰り広げられた映像を見て一同は唖然となった。
絶対に間に合わないと思われたエラー後の処理が送球の速さでカバーされ、打者が一塁に達する2歩前でアウトとなったのだ。
「な、なんだこいつは!」
「やはり、赤いチームは3倍速いという噂は本当だったのか・・・」
宮田は、どこかのアニメの話を持ちだして、もっともらしい解釈を漏らした。
「ほ、ほかにはないのか!?」
頷いた岩長が次に見せたのは、ライトの選手だった。
フェンス越しまで届こうかという打球を目で追う姿を見て『フェンスに当てたクッションボールで処理しようと考えているのだろう』と一同は思っていた。ところが、それまで悠然とボールを眺めていた選手が、ボールの飛距離計測を終えた途端に急に猛ダッシュで壁に向かって走りだした。そして、フェンスを猫のように登り、ホームランぎりぎりの壁際で処理したのだ。「うげえええっ」
「れ、練習だ練習ー!練習すっぞー!!」
タツヤの急な掛け声に押されて、選手たちが一斉に散らばりかけた時に「あ!」とタツヤがそれを制した。「それよりよ、チーム名を決めたぜ!」耕平の頭をくしゃくしゃやりながらタツヤが皆に向かって叫んだ。
「チーム名は《レイバンス》だ!意味はよくわからないがかっこいいベエ」
「なに、勝手に決めてるんだよ!どうせ、アメフトの試合かなんか見て決めたんだろう!」茂雄にもみくちゃされるタツヤ。
「ありがとう、な」タツヤたちのじゃれあいを横目で見ながら、サトシが岩長に近づいた「ヤツらも、ああ見えて不安だったんだ。相手のことが少しでも分かれば、いらぬ不安は解消される」
サトシの言葉を受け、顔を上げた岩長は涙顔に笑顔をたたえ答えた。
「いえ、下手くそなボクには、こんなことくらいしか出来ませんから」


1ヶ月後

「おいおいおいおいおーい!耕平、この野郎!相手選手、お前の情報と全然違うじゃねえかよお。なんなんだ、ありゃああ!」
タツヤの叫び声に、少々戸惑いながら分析を開始する岩長。そして「ああ、あれはガイコク人選手たちですね」とだけ、力なく答えた。
「そんなの、見りゃ分かるよおおおおおおお・・・・・」

ついに、試合当日がやってきた。
会場となる、となり町にある東京都立の公園内野球場で、一塁側ベンチを見たレイバンス選手の面々は、顎が外れんばかりの勢いで呆然とした。
ベンチ前には、まるで大リーガーのような体格をしたガイコクジンたちが、ガムをくちゃくちゃやりながら、道具を準備しつつ談笑していたのだ。

「か、勝つぞう・・・」

力なく、理容師の吉田幸太郎が肩を落としながら呟いた。

グランド予約 草野球公園3番地 東京バトルリーグ 天気予報 草野球の窓 花房ボクサー犬訓練所 プロダクションNEKOICHI ペンションさんどりよん