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れいばんサンのひとりごと

第7球 「練習は裏切らない」

子守や配達を手伝うことを条件に、夫を貸してくれるよう鬼嫁の説得に成功した花房タツヤは、魚屋三代目の高田謙介を連れて、毎日、空いた時間に大林農園の手伝いをし、基礎体力をメキメキとつけていった。

「・・・・・・」
畑の裏通りを通りかかった黒原茂雄は、奇声を上げながら肉体を酷使するタツヤたちの姿を黙って見つめていた。
「何をやっているんだか・・・」
「素人がいきなり球を追いかけても意味がないと考えたか。・・・ふ、奴にしては、なかなか考えたな」
「ひ、宏一、さん・・・」
「君は参加しないのかい?お父さんの手前、それは無理か」
「いえ、そんなことは・・・ただ」言いかけた茂雄の心を察したかのように、宏一は話をうまく途切らせ、ひとりごとのように呟いた「夢小金井高校に、目立たないがすごい選手がいるらしい。君の後輩にあたるのかな・・・」
「!」
花房宏一のクルマが去るのを見えなくなるまで見つめた茂雄は、深々と頭を下げた。そして、母校へと足を向けた。

「なんか暖かくなってきたなあ。このままだとあっという間に夏になっちゃうなあ」特訓を終えて家路につくタツヤが隣でヘトヘトになって歩く謙介に話しかけた。
「そういえば、今年の夏はいつもの祭り、やらないらしいよ。代わりにサンバカーニバルをやるとかやらないとか・・・」
「はあ?サンバ・・・!?」切れ切れの声で答えた謙介の目を見て、タツヤは突飛もない声をあげて驚いた。
「ホラハラハラヒョララアアアアア!」
その時、駅前の方からなんとも言えない声が聞こえたかと思ったら、こちらの通りに向かってヘンな《物体》が迫って来た。
「な、なんだああ!?」
2人に向かって来たのは、孔雀の羽を頭の上に数本つけ、レオタードを着て腰を回しながら踊り狂うガイコク人であった。
唖然としながら無視して見送ろうと思った2人の横に、キュッと、男が止まった。
「アナタたちはマダ若~いねえ。イケマス、イケマス、オドリましょう~♪」
そういって、右手と左手で2人の手首をそれぞれガシりと掴み、再び腰を振りながら踊り歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、やめええぇぇぇ・・・・」
商店街の通りの端まで、振りほどくことができない2人の声がドップラー効果のように遠ざかっていった。

エリザーベス・ヨウヘイ
男は、頼みもしないのに自己紹介をした。どうやらブラジル出身の日系4世で、曽祖父の故郷に一度行きたいと、最近日本に留学してきたらしい。しかし、ブラジル人にしては色が白いのが気になるところだが・・・。

「あ、エリザーベス!」
「おお、卓弥あ!最近、学校で顔見せないので、さみーしかったよおお」
「し、知り合い、だったんですか?」
次の練習日、暇だといって勝手についてきたエリザーベス・ヨウヘイは、深栖卓弥の顔を見て抱きついた。どうやら、深栖と同じ大学に通っているらしい。
「卓弥は英語バリバリな上にポルトガル語もたんにょうねえ。だかーらエリザーベス、すぐさま友だち、友だち」
まだ日本語は不自由だが、悪い男ではなさそうだ。
「でも、奴は良い運動神経を持っているよ。インドア派の割りには」
松島真司が、その男を一目見て呟いた。
「さすが松島さんですね、プロ・コーチだけある」深栖が同調した。
「タツヤくんたちも気づいていたはずだ。最初に彼に会った時、片手で掴む彼の手をほどけなかったことを・・・」
「ええ」

いつものように、基礎体力作りが始まった。気がつけば、5人がトレーニングを行うようになっていた。


「毎日見に来ていますね」
畑の端から5人を眺める花房宏一に向かって、ひとりの女性が話しかけてきた。
「新川クン、か・・・」
新川めぐみは、宏一の私設秘書として普段は事務所で仕事をしているが、このところ毎日、ある場所に行く宏一が気になり、こっそり後を付けてきたのだ。
「君は、あの商店街の出身だったね」「はい、昔は父が布団店を経営していました。今はとなり町に引越しましたが・・・」「そうか」「市長・・・」
めぐみが言いかけたところで、宏一は徐に歩き出した。
「どんな結果になるにせよ、勝負をやり抜くさ。今回は、ね」

「よーし、この1列を堀りかえしたらきょうは終了だー!」
「おー!!」
夕闇近く、タツヤの掛け声に同調する仲間たちの声がこだました。

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