Home > Murmur of Reiban-san
れいばんサンのひとりごと

第6球 「月に向かって打て!」

「え、野球?・・・うーん、まあ、あんまりやったことないけど、タッちゃんの頼みだからいいよ」
「エラい!さすがケンちゃん!」
花房タツヤの頼みに、魚屋三代目・高田謙介は入団を決意した。しかし、謙介にはひとつ《厄介な》問題があった・・・。

「なあ、ひろみちゃん!よろしく頼むよお・・・」

高田は21歳という若さにも関わらず、既に3人の子持ち。しかも、老舗の魚屋はいまでは売上ガタ落ちの《シャッター》寸前。当然、嫁の弘美が、主人を働かせないで野球なんかに過負けさせる訳がない。おまけに弘美は《鬼嫁》だ。
額を畳にこすりつけるように土下座するタツヤを弘美は無視し、夫を焚きつける。
「あんた、はやく配達にいって来な!店先じゃ魚も売れないんだから、体動かすのがあんたの仕事だろ!」
「は、はい!」
「なあ、ひろみちゃあん、よろしく頼むよお・・・」タツヤが繰り返し同じセリフで懇願する。
「まだいたの?あんたも早く仕事に就けばあ。それか早く奥さんでも貰えば分かるわよ。社会は厳しいのよ。ま、あんたの甲斐性じゃ当分無理だと思うけどね」
そこで怒っても仕方がない。タツヤは、泣く泣く店を出た。

糸を失った凧のように、タツヤはふらふらとあてども無く歩いているうちに大きな街道にまで出ていた。

カキーン

ふと、金属音を聞いたタツヤは、となり町の街道沿いにこの大きなバッティングセンターがあることを知った。今まで野球にそんなに興味が無かったので、全くといっていいほど気づかなかったのだ。
タツヤは、金属音に誘われるようにバッティングセンターの入り口に吸い込まれた。そもそも、メンバー集めもさることながら、自分の実力を上げなくては勝ち目どころの騒ぎではない。試しにナケナシのコインを投入し打席に立つ。
ぶん
自分でもびっくりするくらいの大きな空振りだ。興味は無かったがやったことがないわけではない。むしろ、TVゲームなどを買ってもらえなかった少年時代の遊びといえば、まだ近隣に残っていた空き地で友人たちとの三角ベースだ。
だが、金属バットで打つ久しぶりのボールは、なかなか友達にはなってくれなかった。愕然としながらも練習を続けて、38球目でようやくボールにかすった。
パチパチパチ
グリーンのネットがはためく背中越しに、なんともまばらな拍手がこだました。
土日ともなれば野球少年でいっぱいになるここも、平日の昼間は人が少ない。タツヤは残り2球を見送り拍手音の方向を見た。
「な、なんだよ。バカにしてんのか?」
「いえ、とんでもない。見たところ、野球はあまり経験がないようですね。でも、スタンスやスイングがしっかりしている。きっと、基礎体力が安定している証拠。あとはコツさえつかめばと思っていたら、いま当てたものですから」
グリーンの防御ネットを暖簾くぐりして外に出たタツヤは、分析が的確なその青年・深栖卓弥を、控え客用に用意されたベンチに促した。
「もしかして、野球・・・」「ええまあ、この近所の学生でして」
「だ、だいがく野球ですか・・・!?ぜ、ぜひウチのチームに入ってください!」

バッティングセンターのある場所から、道路をはさんで向かいにあるゴルフ練習場のエントランスフロアにある喫茶店で、タツヤは深栖に事情を説明した。
「そうですか、分かりました。ボクでできることなら・・・ですが・・・まあ、いいか」
何かを言いかけてやめた深栖の話を最後まで聞かず、タツヤは了承だけを聞いて大いに喜び、深栖の手を固く握りしめて持ち上げた。バンザーイバンザーイ!ようやく3人目の選手をゲットである。
「なかなか面白そうですね」
ふたりの会話を聞くともせず聞いていた男が、長椅子の背もたれから顔を覗かせて呟いた。
「いや、すいません。盗み聞きするつもりではなかったのですが聞こえてきたもので。私、こういうものです」
差し出された名刺には《ゴルフレッスン承ります! 松島真司》と書かれてある。
「野球はあまり経験がないんですが、実はこのところゴルフをするお客さんも減りましてねえ。不景気で。平日は、練習くらいは付き合えると思いますよ」
「ぜ、ぜひお願いします!」
こうして偶然にも、爽やかな大学野球選手・深栖卓弥と、イケメンのゴルフレッスンプロ・松島真司が仲間に加わった。
「でも、問題は特訓場所ですね。野球の動きは球場で訓練できますが、有料のグラウンドを延々と借りるわけにもいかない。とにかく、どこかで基礎体力をつける練習をしたいものです」
松島が、先程までの愛嬌の良い笑いから一転、厳しい《プロ・コーチ》の目に変わって呟いた。
「ど、どうすりゃいいですかね?」タツヤが質問する。
「そうですね。深栖さんは普段からトレーニングしているからいいとして、私たちはどこか・・・、そうですね、何か下半身を鍛えられる広い場所でもあればいいけど・・・」
ぴか!
閃いた。閃光がタツヤの目の前を覆った。


「お願いします、じゅんさん!畑仕事を手伝わせてください」

タツヤが思いついた下半身及び全身の筋肉強化の方法であった。

グランド予約 草野球公園3番地 東京バトルリーグ 天気予報 草野球の窓 花房ボクサー犬訓練所 プロダクションNEKOICHI ペンションさんどりよん