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れいばんサンのひとりごと

第3球 「人生に無駄なんてことはない」

夕方、夢小金井商栄会の通りは、スーパーで買い物を済ませた主婦と学校帰りの子供で溢れていた。
通りに散らばるチェーンの飲食店やドラッグストアには人溜まりがあるものの、相変わらず、昔ながらの八百屋や魚屋は素通りで、理容室の店内では、スポーツ紙を《きょう5度目》といった目で暇そうに眺める店主の姿だけが伺える。
「ん?」
しかし、なぜかきょうは、花房タツヤの視線の先、商店街の通りの中腹あたりで珍しく人だかりができていた。
毒蝮三太夫がラジオの中継で訪れるには時間が遅い。よく観察すると、その人だかりの中心地は自分の家に違いなかった。
タツヤは慌てて駆け出した。

「とにかくお前は、昔からそうなんだよ!」「まあ、やめなよ、サトシおじさん」
店の中で大喧嘩を繰り広げる花房サトシを、魚屋の三代目・高田謙介が諭していた。
「はいはい、どいてどいて~」そういって観衆を掻き分けて店内に入るタツヤ。
父親・サトシの口論相手は、黒原茂雄の父・信之であった。
「お前は昔から変わらねえが、時代は変わったんだ。こちらも悪いようにはしないと言っている。でかい通りが出来れば、その横にショッピングモールを建てて、その中にお前の店も格安で入れてやると言ってるんだ」
「けっ。聞き飽きたんだよ。だいたいお前だってガキの頃、商店街の連中には世話んなっただろうが、この恩知らずが!」
「それとこれとは話は別だ」
「なんで、こんなに仲が悪くなっちまったのかなあ?」
欠伸をしながら、いつのまにか店の中に入っていた理容師の吉田幸太郎が、タツヤの横で呟いた。
「そうそう、ノブもよお、気持ちは分かるよ。学園のアイドル《松浦あやみ様》が、お前みたいなイケメンを差し置いて、こんな鬼瓦みたいなツラの男を選んだのが気に入らないのはよお」大工の清水大三郎も、店の酒をコップに注ぎながら呟く。
カーッと、顔を赤くする信之。
「そ、そんな子供の頃の話なんか関係ない!とにかく、いずれ出て行ってもらうからな!」
苦しそうに反論し、信之は群衆をかき分けた。
「まあいつものことだけどよお、一応聞いておくか。何があった?」
「なんでもねえよ。さっきばったり、そこんところであいつに会っただけだ」
サトシは大三郎の質問にそっけなく答え「酒代は払えよ」と付け加えた。
「なあオヤジ、商店街が無くなるってのは、本当なのかよ?」
「お、お前はそんなこと、気にすることはねえんだ」
「でもよ・・・」
「いいからとっとと玉ねぎでも剥い・・・」
サトシは言いかけてハッとなった。タツヤは頭を垂れながら「くくく」と声なき声を上げていたのだ。
「お、お前、泣いて・・・」動揺するサトシの感情を振りほどくように
「ぐわはははははははっ」とタツヤが大声で笑い出した。
「これで、こんなちんけな居酒屋を継がなくて済むってこと確定だぜい~。ひょわっほー!」
奇声をあげ、タツヤは店を踊りながら飛び出していった。
「・・・・・・・」一同唖然。
「だ、誰に似たんだ、あの馬鹿さ加減は」サトシの呟きに誰ともなく
「まあ、アヤヤちゃんじゃないことだけは確かだな・・・」


「ふふふふふふのふ」
タツヤは、内心から込み上げてくる喜びに口が抑えきれないという様子だ。先程、広大な畑を見て感じた切ない想いはどこ吹く風。完全に欲で充満させた妄想だけを膨らませている。

「ぐふふふふふのふ」
スコーン!

どこからともなく飛んできた野球用軟式ボールが頭上に当たり、タツヤは《笑い顔》のまま真横に倒れ込んだ。
にわかに「わーわー」という声が、意識の遠くで響き渡る。ぼんやりとした頭の途切れ途切れで聞こえる騒ぎ声のなかで、「あ、この男!」という声がハッキリ認識できた。
現世に呼び戻されて、ムクっと上半身を起こした。「わ、生き返った」群衆が驚く。
「まあた、あんたですか」ボールをぶつけた加害者グループのリーダーである、市役所道路公園管理課長・仲村健吾が、タツヤを見下ろして呟いた。
「あ、あんたですか、じゃないだろう!思い切りボール当てやがって!!」
「まあ、これだけ元気なら大丈夫ですね・・・。さあさあ皆さん、練習に戻りましょう!」
「ま、待てえええ」もはや頭の痛みより、上った血の方が沸騰しているタツヤは、勢い仲村に飛びかかろうとした。
キッ
市役所職員・仲村に飛びかかろうとしたタツヤの眼前に、突然、大きな黒い車が停止した。
ガチャリと、重い音を立てて扉が開く音と同時に、左後ろのドアから男が姿を現した。

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