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れいばんサンのひとりごと

第17球 「いつも『初心』を忘れないようにしています」

ひょろひょろひれはらららああああああ

突然響き渡る奇妙な声に、一瞬大衆は微妙な反応を示したが、祭りの活況という雰囲気に流されて逆にヒートアップした。
「もう、そんな季節かあ」
駅前を占拠する夏祭り会場をぼんやりと眺めながら、1年で1番人通りの激しくなる商店街の片隅に座り込み、花房タツヤは独り言ともつかないぼんやりした言葉を隣の高田謙介に向けて呟いた。
「どうしたの?元気がないねえ」
「だってケンちゃん、もう夏になっちゃったんだよ。受験は夏が勝負だっていうじゃん。オレたちの勝負まで数ヶ月しかないっていうのに、どうにも大丈夫かなあ、なんて不安になっちゃってね」
柄でもないことを言うタツヤに対し、魚屋三代目の高田は些か驚いた表情を見せたが、すぐに親友の心中を察し慰めた「大丈夫・・・だと思うよ」
そう言いながらも、少々、自らも不安であることを隠せないでいた。

夢小金井商店街につながる先にある駅前のロータリーでは、もはや日本各地で繰り広げられているヨサコイ踊りと同様にサンバカーニバルが催されていた。前日の伝統的な夏祭りでは、大林淳が颯爽と神輿を担いでおり、《日本の夏》を満喫する入り口を予感したが、サンバとなると、どうにも気後れする感を否めなかった。もちろん、実際に鑑賞したらその圧倒される腰つきと雰囲気に心盛り上がるものはあったが。まあ、踊っている中にあのエリザーベス・ヨーヘイが混ざっていることはさておき。

2人が意気消沈せざるを得ない理由はもうひとつあった。
先日、近隣の商店街チームと行った練習試合の惨憺たる結果が影響していたのだ。

12対3

試合終了後ホームベース前に整列し、審判の述べる試合結果を耳にしても、実感がないままその場に立ち尽くしていた。
「やはり、素人集団のオレたちには無理なのかなあ・・・」
誰ともなしに呟いた言葉に、心のなかで反撃したが、根拠のない強がりを出せずタツヤと高田は黙するしかなかったのだ。
何かが足りない。
そう、感じるだけだ。練習はしている、メキメキと上達もしている。しかし、一世一代の大勝負をするだけの実力がないのは、心で否定していても奥底では拭えない真実が混沌と存在しているのだった。

黒原茂雄が野球を再び始めてくれた。高校生の有望選手・稲見たくみも加入した。中学生としては日本代表に選ばれてもおかしくない実力を持つ新津フミヤもいる。守備は上手いとはいえないが、さすがにバッティングはゴルフで鍛えた腰使いで大きな当たりを連発できる松島もいる。
あとは・・・。


夕方、大林農園での基礎トレーニング兼畑仕事手伝いに向かったタツヤは、体格の良い先約がいることに気づき、目を凝らした。「だ、だれだ・・・?」
近づいてきたタツヤに数メートル前から気づいたが、腰を入れて土を耕しつづけ、顔を上げること無くタツヤに話しかけた。
「確かにこれは足腰を鍛えるな・・・」そういって、徐に顔をあげた。
「だが、しっかりとした投球フォームを作るには、足をもっと開いて作業した方がいい」「の、信之おじさん・・・」
男は、市議会議員・黒原信之であった。
「試合まで時間がないぞ。しっかり、オレの投球術を叩きこんでやる!」

ブンブン
「もう少し、肩の力を抜いて脇を緩めにした方がいい」
「え?」
児童公園を少し大きくしたような広場でバットを振る小森萌子の耳に、渋い大人の声が、小さい呟きのような声量にも関わらずしっかりと届いてきた。
「な、なんだよ、オッサン」
「ふ・・・まあ、こうみえてもまだ33歳なのだがな」
そういって、萌子の元に徐に近づいた花房宏一は、急に厳しい表情に変えて指導を始めた。

夏になったばかりでまだセミも鳴かない暑い陽射しが西に傾きかけたが、夢小金井のあちらこちらでは、何かを求める強力な思いが広がっていた。

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