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れいばんサンのひとりごと

第9球 「負けに不思議の負けなし」

「え?ぼ、ぼく・・・?」

スカウトと聞いて、集まった野球部員たちがまず連想したのは「プロ」。そして、その瞬間に思い浮かべたのが先程来ブルペンで投げ込みをしている板野ユウキであったが・・・
「そっち!?」
誰よりも先に声を上げたのは、生垣からグラウンドに現れた黒原茂雄であった。
「あらあ、茂雄ちゃんどこ行ってたのお?まあさておき、あっちのユウキちゃんの方は私たちがスカウトなんかしなくてもプロが来るわよお」松島真司がエリザーベス・ヨウヘイのモノマネで茂雄を見た。しかし、目は笑っていない。
「オレたちが欲しいのは、のりしろのあるこの『そっち』の選手の方さ」そう言って稲見たくみの肩を思い切り叩いた。
「おっ」それを見て茂雄は何かに気づいた。稲見はまるで足に根が張ったように動かなかったのだ。
「とにかく君、稲見くん、『あっち』のユウキ投手の球を受けて見せてくれ」
「え・・・?ええ・・・!?」動揺する稲見。
ざわ・・・。我に返った観衆が声をあげたところにユウキが近づいた。
「さっきから聞いていれば・・・どこの誰だか知りませんが、ずいぶんと勝手なことを言いますね」
「私たちはプロのスカウトじゃない。少し事情があってね、稲見くんを半年ほど貸して欲しいんだ。申し訳ないがオレたちはここ数日、キミたちの練習を見させてもらってきた」
「そうそう、だから茂雄ちゃんの存在も知ったのよねえ。茂雄ちゃんたら、毎日毎日学校を覗いているんだもの。ヘンタイだと思われちゃーうわよお。ま、茂雄って名前は後から誰かから聞いたんだけどね」
「え?」2人の存在にきょうまで気づかなかったことに茂雄は驚いた。
「だからって、このオレが1年ボウズに球を受けさせろということですか?しかも試しに。バカバカしい」
ユウキのその文句に、松島は間髪入れずに続けた
「そうですか、ダメですか。じゃあ、この黒原茂雄くんが君から1球でも打てたら、私たちの要求に応えてくれるかな?」
「え?」ユウキと茂雄が同時に漏らした。
「く、黒原茂雄・・・?この人が、夢小金井高校伝説のスラッガー・・・」
「ちょ、ちょっとあんた・・・、なに勝手なことを言ってるんだ。オレは、野球を辞め・・・」
「オレからも頼むよ」
「か、監督・・・」部員たちがざわめいた。
「お、尾花・・・か」「久しぶりだな、茂雄」
現れたのは、夢小金井高校野球部監督に今年から就任した尾花知憲であった。
尾花は茂雄の高校時代の同級生だが、茂雄の厳しい練習姿勢に賛同していた数少ない《仲間》のひとりだった。
「なあんだ、茂雄ちゃん、監督サーンと顔見知りなーのねえ。なら、話ハヤイわ~!」
エリザーベスはそう言って、茂雄とユウキをグラウンドに連れだした。
力強い押しに「うっ」と圧倒された茂雄とユウキの2人が、必然的にグラウンドに並ばされた。
「キャ、キャッチャーは誰が・・・」思わず言葉を発した稲見に松島が促す。
「このまま君がついでにやりなよ。そうすれば話が早いし・・・」

結局、勝負と同時に、1年生・稲見たくみの腕前を見る対決となった。
「こんなこと、とっとと終わらせますよ」
マウンドをカッと蹴りあげたユウキが、いつもよりも大きなモーションでワインドアップに入った。
左打席で入念にボックスを整地し終わった茂雄は、じっくりユウキの球を追ったが、初球は見送った。
「は、速い!」いつの間にか集まった観衆が息を飲んだ。
「やはり、すごいな」
一方で松島たちが注目したのは、豪速球を止めた稲見だった。

「手が出ませんか?伝説のバッターさん・・・よ!」
そう言ってユウキは、今度は左バッターの手元に落ちる鋭いスライダーを投げ込んだ。
「ボールだ・・・」審判はいないが、監督の尾花が呟いた。
「これで決まりだ。完全に欲しい存在だな!」
松島が確信したように言った。切れの良いスライダーを、稲見はノーサインでしっかり取っていたのだ。
「ふっ、これで最後だー!」
そう言ったユウキから放たれた球は、先程より数段速く感じられる直球だった。が・・・
カッ


「灯台下暗しとは、このことですね・・・」
商店街に数少なくなった本屋の前で、タツヤは、黒字に青い縁取りのあるエプロン姿の石川雄二を見下ろして言った。
「これも運命だと思ってください。まさか、じゅんさんが高校時代に野球をやっていただなんて・・・一度も練習に参加してないから実力も分からなかった。きっとあの人のことだから、人数が足りなかったら自分も出るつもりだったんでしょうね。それに、まさかその高校の同級生だったエースがこの町にいたなんてね・・・」

「もう、私には野球はできません」
缶コーヒーを飲みながら、書店の脇の縁石に腰掛け石川は徐に語りはじめた「やる資格がないんです」
「そんなことありません!現にボクが必要としているじゃないですか」
タツヤが、頭の中に眠る数少ない語彙を活用して説得しようとした。
「タツヤくんはこれまで、全力を尽くしても到達できなかったものってあるかい?」
「え・・・?」若干21歳のタツヤには答えに窮する質問であった。

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