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れいばんサンのひとりごと

第15球 「グラウンドで死ねたら本望や」

「やめてください!」

新人女性教師・山田結花は、気弱な男性教師の1人が無理やり虚勢を張って中学生の高田謙介ににじり寄ろうとしたところで、力弱く立ち上がり叫んだ。そして、高田のもとによろよろと近寄った。
バシッ!!
左頬を平手打ちされた高田は、顔を横に向けられることもない弱々しい結花の右手首を思わず掴んで、倒れこむ結花を支え黙した。
「高田くん・・・」力なく結花は声を振り絞る「自分の思いとは別のところで、将来が決まっていたっていいじゃない・・・」
「や、山田先生、な、なにを言って・・・」
ほかの教師たちが、驚いたようにオドオドしながら話しかけたが、無視して結花は続ける。
「高田くんが、代々続く魚屋さんを継ぐことに対して、本当に自分が進むべき道なのかどうかを迷っているのは知っているわ。でも、だからって自暴自棄になる必要なんてまったくないの・・・」
そう言って、結花は意識もせずに涙を流して顔をあげた。
「だから、だから・・・それがどんな試練や悩みを与えるものでも、全力でぶつかっていってほしいの。それから、ぶつかっていってからあきらめても遅くはないわ。・・・とにかく、目の前のことから逃げ出すことだけはしないで!」
「せ、先生・・・」


「そうだったよなあ。あの頃のケン坊は悪かったもんなあ」
回想シーンが途切れたところで、理容師の吉田幸太郎が感慨深げに語り出した。
「そうそう。オレも幼馴染じゃなかったら、ケンちゃんと話も出来なかったよ」
花房タツヤも、少し遠い目をしながら口元に苦笑いを浮かべ語った。
スコーン!と、そんな息子の頭をはたいてサトシが説教を続けた。
「ばあか。お前はいまだに現実を受け入れないで逃げているじゃねえか。結花先生がお前の担任だったらよかったのになあ」
「ははは、おじさん、結花先生はオレの担任でもなかったけどね」
高田の言葉に「まあ、こいつはケン坊みたいな度胸がなかっただけか」と言って息子の頭を再び叩いた。「ってーな」
ガラガラガラ
叩かれて反逆しかけたタツヤの耳に、居酒屋《球壱》の扉が開く音が飛び込んできた。
「見つかりました!」
入ってきたのは警察官・佐藤一輝と小森萌子の2人だった。


「な、なんと言ったのかね?仲村くん・・・」
「ですから、念には念を入れて、ということですよ。」
夢小金井市役所第32小会議室は、5人も入れば満杯になるブリーフィングルーム。
そこで、市議会議員・黒原信之と市役所道路公園管理課長・仲村健吾が密談をしていた。
「このままのチームでも勝てないことはないでしょうが、万が一というのに備えて、ちょっとばかし『補強』するということですよ・・・。対決の要項を見ても『助っ人はダメ』とは書いていませんからね」
「そ、そりゃそうだが・・・。君は、これまで一緒に頑張ってきた仲間は・・・」言いかけたところで、仲村が制して続けた「先生、感情論は禁物ですよ。こちらは《命を賭けた戦い》なんです。たかが草野球だと思ってはいけません」
「だ、だが・・・」

市役所を出た信之は、クルマの扉を閉めてしばらく考え事をしていた。
なぜあのクールな市長・花房宏一が、少年のつまらない賭けに乗ったのか。
ただ感情に任せたとか、実の弟の意見だからとか、そういうことではない。
「そ、そうか・・・。そういうこと、だったのか・・・宏一のヤツめ」


「萌子ー!」
店内に入ってきた娘の無事を確認した母・結花は、思わず冷静さを捨てて飛びついて涙を流した。「お母さん・・・」
「いやあ、まったく最近の女の子は元気ですねパート2ですよ」
警察官の佐藤が、事の顛末を、店内にいた連中に説明を始めた。
「ヤツら、萌子クンに仕返しをしようと企んだようですが、しょせん名もない端役たちですから、結局、意識を取り戻した萌子クンがクルマの中で大暴れして、全員ボロボロにされて、最後は『もう2度しません』って念書まで書かされて観念したそうです。警察署にクルマで萌子クン共々出頭してきたときは、どっちが犯人だか分からなくて、まずは萌子クンが尋問されたくらいでしたよ。ははは、ははははは」

「ふん、もう帰っていいだろ・・・」
萌子がそう言い放ったとき、バシッと平手打ちの音が店内に響いた。
「ケン坊・・・」「高田くん・・・」
叩いたのは高田謙介であった。
「・・・な、なにするんだよ!」

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