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れいばんサンのひとりごと

第13球 「準備もしていないのに、目標を語る資格はない」

「あははは」

大林農園の畑に笑い声が響いたが、高田謙介はトレーニングを中断せず、声の主を一瞥し「関係ない」とばかりに「うおおお」と再び大声を上げてトレーニングを再開した。
「なあに、無視してるんだよ」ムっとして立ち上がった小森萌子は、高田に向かってズカズカと歩き出した。
「キミも野球をやっているんだろ」「え?」
歩きづらい土の上を、事もなげにまっすぐ歩く萌子に、農園の手伝いをしている大林淳が話しかけた。
「あん?・・・な、なんでそれが・・・分かるんだよ」
「歩き方を見ればわかるさ。・・・まあしかし、最近はトレーニングを怠っているね」
「う、うるせえよ!」そう言って、萌子は踵を返そうとした。
「見てごらん」大林は、そんな萌子の行動には気にも留めず言葉を続けた。
「彼は、つい最近まで野球なんてやったことが無かったんだ」
土おこしを終了し、バットで素振りを始めた高田を指さして大林が語った。
「え・・・?だ、だって結構いいスイング・・・」
「彼らはとても大きな壁と闘っているんだ。自分たちにはできないとか、敵が大きいからとか、そういうことは関係ないんだ。だから、初めて挑戦する野球だってなんだって、誰かにそれを止められたって気にしないんだよ」
「え・・・?」
大林はそう独り言のように呟き、いつの間にか萌子の側から姿を消していた。
「112、113、114、115・・・!」
そして萌子は、声を挙げながらスイングを続ける高田をじっと眺めた。
「・・・・・」

「あー、いたいた!こんなところに居たのか!」
と、そこに突然、花房タツヤの声が響いた。
「あーっと、もやこちゃん、だっけ?きみ、野球やりたいんだろ!だったらさあ、オレらと一緒にエリートどもを倒そうぜ!」
カーっ!
なんだか分からないが、突然話しかけてきたヘンな男の、心を見透かしたような発言に恥ずかしくなった萌子は、思わず「うるせえ!」と叫んでその場を去って行ってしまった。
「おーい・・・」呆然とするタツヤ。その姿を見ていた大林は、若干あきれた顔で高田と目を合わせた。

数週間後ー

「ほらあんた!空き時間を野球ごときに貸してやってるんだから、仕事はしっかりやりな!」「はいっ!」
「・・・・・。」
鬼嫁にケツを叩かれながら客の対応をする高田の姿を、呆然とした目で眺める中学生の萌子。
先日の、練習に没頭する姿とは違い、どうにも最近の男子のように情けない対応を見せる高田に、ちょっとばかし愕然とする思春期の女子であった。「はあ・・・」

午後5時ー 
「ケンちゃんー!しっかりボール取ってー!・・・ていうか、ケンちゃん右利きだよね。なあんで左利き用のグローブなんか使ってんのよ!?」
「いやー、なんかこっちの方が取りやすいような気がして・・・」
「どういうことなんですか、それは~!??」

この日から、週2回のグラウンド練習が始まった。
「・・・へたくそ」
萌子は、グラウンドの片隅で高田らの練習を見ていたが、いたたまれず背を向け歩き出した。
「なにが、エリートたちを倒すだよ・・・あれじゃ・・・点数も取れねえよ」

江戸時代に農業用水を作った兄弟の名にちなみ作られた《用水路》を囲むように、高さ数メートルの丘が形成されていた。丘の頂上は、自転車がすれ違えるほどの狭さだが、クルマも走らず、トレーニングのランナーが走るにはちょうどいい。萌子は丘の上の道をとぼとぼと歩きながら独り言を繰り返した。
「野球、やったことないヤツらが頑張ったって無理だって・・・たくっ」
「はいはいお嬢ちゃん、また会いましたねえ」
丘が終わり、今度は《自転車ロード》が文字通り一直線につながる道が続く。
自転車ロードは自転車と歩行者だけが通れる道路で、夢小金井市を中心に、近隣数市分を数キロ、一直線の道がのびている。グーグルアースかなんかで見ると、まるでそこだけ北海道のような直線が引かれていることだろう。小さな丘を下り、その自転車ロードに差し掛かった時に、萌子はあまり聞きたくない下品な声を耳にしたが無視した。
「おいおい、無視してんじゃねえよ」
下品な声がさらに続いたかと思ったところで、不意を衝いて萌子は首の後ろに衝撃を覚えた。「しまった」と思った瞬間、数人の男に抱えられたと感じたところで意識を失った。
「ん?」
ちょうどそこに、白い自転車で巡回中の警察官・佐藤一輝が通りかかった。
「あ、あれは・・・!おいお前ら、ちょっと待てー!!」
黒いワゴン車に乗せられる萌子を目撃した佐藤は、全速力で100メートル先のクルマに向かって走り出した。
「やべえ、急げ!」そう言って名もなき男たちがクルマに乗り込んだ。

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