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殿堂

スーパースペック、都心に降臨

殿堂 プロ野球に新球団が誕生した2005年。その年の5月29日ー。
信じれられないスペックを纏った選手が、東京・四谷に降臨した。
数ヶ月前まで高校生だったというその男はファインプレーを続出。
左翼で繰り出される連続美技に、球場を埋め尽くした観客は歓喜した。

また、打者としても活躍。
行き詰まる投手戦となったその試合でチーム唯一の打点を叩き出し、
若干18歳のその男は、観衆の心を一気に掴んだ。
華々しいデビュー。
その男・吉田が、後に「チーム勝利の牽引者」となる第一歩だった。
そして翌2006年、吉田は正式選手としてチームのユニフォームに袖を通す。


【写真】 四谷に降臨、スター吉田が誕生した瞬間

チーム最年少が不世出のチーム記録達成

殿堂 2005年、テスト生として迎えられた吉田は12試合に出場。
最年少の吉田は32打数18安打=打率5割6分3厘という驚異的な数字に加え
さらには本塁打5本を放ち、首位打者と本塁打王の二冠を獲得した。
1シーズン本塁打5本の記録は、2014年現在、いまだ誰にも破られていない。

華々しいテスト生時代を経て、実質2年目となった2006年ー。
正式入団選手となってもなお、快進撃は止まらない。
28打数12安打=打率4割2分9厘、本塁打2、盗塁14で三冠を獲得。
「2年目」のジンクスを物ともせず、見事に正式入団1年目でMVPに輝いた。


【写真】 2006年正式入団会見(右、中央は小林球団社長代理(当時))

走攻守+投のマルチ・タイトルホルダー

殿堂 2007年も、最終戦まで打率2位をキープ(惜しくも最終的に3位)。
そして、打点・盗塁も共に2位という好成績を得て優秀賞を獲得した。
続く2008年には打点王と盗塁王を獲得。タイトルホルダーの名を恣にし、
2009年には、その年創設の初代・石川賞に輝くなど投手としても活躍した。

入団以来、毎年賞を獲得する吉田。ついには2010年、本塁打5本を放ち、
自らの持つチーム最高記録に並び、3度目のMVPを獲得することになる。
そして2012年、球団史上初の15本塁打を達成した。
ところが、吉田の快進撃はそれでも止まらない。
2013年にも史上初となる記録を打ち立てる。通算100打点を達成。
同じ年、史上4人目となる通算100安打も達成するなど、
数々の金字塔を打ち立てる選手に成長し、今も成長を続けている。



【写真】 ホームランを放ち迎えられる吉田(左)

結果を産むのは自らの努力とちから

殿堂 吉田が信頼を得ているのは、驚異的な記録からだけではない。
金字塔を立てる一方、チームに貢献する姿勢がファンを惹きつけている。
2013年には、打撃の記録が落ちる恐れのある捕手への転向を志願。
それまでの正捕手達が続々と一時離脱を余儀なくされる中、
自らの打撃成績を犠牲にしてでもと、チーム勝利のため手を挙げたのだ。

新エースの登板に際し、見事に女房役を務め上げるだけではなく、
日頃の努力が運を味方につけ、東京バトルリーグ優勝決定戦では、
内外野の間に落ちるミラクルヒットで、劇的なサヨナラ優勝を演出した。

球団は、吉田のチームへの貢献と自らの素晴らしい記録の数々を評し、
実質入団10年となった2014年冬、史上5人目の「殿堂入り」を発表した。



【写真】 リーグ優勝の瞬間を仲間と喜び合う吉田(右)

継続する想いが結果を紡ぎだす

殿堂 見た目の痩身からは想像し難い破壊力を持ったバッティング。
そして、華麗に軽やかに動く肉体から導き出されるファインプレー。
走・攻・守、野球人としての全てが備わったタイトルホルダー吉田。

個を磨き、チームを献身的にサポートする「実力の雄」は、
殿堂入りについて、こう語る。

「長嶋監督と一緒に国民栄誉賞を受賞した松井秀喜と比べることも難しい程の 力不足を痛感しております。殿堂入りに恥じぬプレーを出来ますよう頑張りますので、 今後ともよろしくお願いいたします。」

今後の更なる活躍に期待する。


【写真】 練習でも手抜きは決してしない吉田

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