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れいばんサンのひとりごと

11月21日(日) 「キセキを信じて。最後までNEVER GIVE UP」

長い歴史のなかでみれば、ここ数年の「異常」と呼ばれている気象も、大した問題ではないのかもしれない。

しかし、現存している我々にとってここ数年の変化は、大きな問題となって降りかかる。

春までは、温暖化という言葉とは裏腹な極寒を自然は我々に提起し、4月半ばに季節外れの雪をもたらした。

夏は、異常なほど長く続いた。もはや「真夏日」という言葉が空々しく聞こえるような猛暑の連続。

農業従事者は、野菜が育つ前に消えてなくなるという稀有な現象に直面して苦悶した。

本当に、雨が少ないと感じる1年であった。

しかし、降るときは容赦なくその牙を顕にし、ゲリラのような豪雨は都会以外にも襲いかかった。

多くの方々が、想像を絶するような大量の水に苦しめられ、その後も苦労を続けている。

自然による人間へのアンチテーゼ、あるいはある種のメッセージ、などと言われても、

長い歴史の中でたまたまその時を生きている我々にとっては、納得のできない偶然でしかない。

地球がもたらす人間への「メッセージ」は、日本のみならず、世界各国で猛威として提示した。

中南米の国では、大きな地震と治安の悪化に苦しんでいる住民たちを殺人的な疫病が襲っている。

滔々と流れる時間に現れた微細な変化を「異常」として悠長に捉えている場合ではなく、

局面局面に起こる現象に対して、何か処置を施す術を身につけなければいけない時期に来ている

それが、人間が作りあげた「自然」という輩が伝えたい、本当のメッセージなのではないだろうか。

地球上で起きているひとつひとつの出来事を注視しながら、ひとりひとりが局面に対処する

そういう意識を持って、すべての出来事に一喜一憂しながら、自らが出来ることを見出しなさい。

と、何者かと呼ばれる何かが、それを伝えているのだとしたら、

膨大な時間に現れる短い期間での微細な「大きな」現象を恐怖として他人事として感嘆を漏らす前に

局面と周辺で自らができる範囲のことを、全力を尽くしてやり遂げよう

そのように「何者か」と呼ばれる自らの脳内で発生する自己防衛本能と父母性本能に働きかけ

次なる行動を考えながら、身の回りの苦悩する人々を救っていくようにすべきなのだろう。

様々な自然現象に悩まされた年。そして、経済的にも社会的にも疲弊した状況が悪化した年。

後世がそう考えるような、あまり良くないうねりの狭間で生きてきたとしても、

さらに微細なところでは、笑顔をつくり些細なことに喜びを感じてきたのだと自負心を持って次に進もう。

幕末と同じだと、何かしらの人たちが喧伝する現在であったとしても、

かの時代を生きてきた青年たちと同じように、今を生きている我々には実感すらないのが通常である。

我々は、我々にとって大きな地球のなかに存在する小さな「点」のひとつひとつでしかない

しかし、その点が点と結びついて線を紡ぎ出し、さらに大きな面となっていくことを意識して生きよう

脳の中の「何者か」は、そう伝えたいのかもしれない。

今季は幸いなことに、初戦予定以外は雨天中止となることがなかった。まるでキセキである。

野球ができた

少なくとも筆者には、これほど大きな喜びは他にはない。こう感じられることがまさにキセキなのである。

1年間お疲れさまでした。そしてまた来季も、局面局面で笑顔をつくることができるように

最後まであきらめずに、みんなでキセキを起こしてきましょう。

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