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殿堂 坂野
殿堂 坂野
■ 彗星は突然現れた
殿堂 坂野【写真】2001年、彗星のごとく現れた坂野(左)
球団は創設以来のピンチを迎えていた。
1999年になり、選手の出席率が著しく悪くなったのだ。
原因は明らかである。試合に勝てないのだ。
打撃に勢いはあるが、守備力に問題が多い。
そして何よりも問題となっていたのが「投手力」である。
ピッチャーがいないのだ。
後にこの時期(1999年〜2001年)のことを球団関係者はこう言う
「混乱期」と。
言葉は悪いが、まるで終戦直後の日本の姿そのものである。
選手データも、球団倉庫から姿を消していた。
そんな混乱を収拾させたのが、彗星・坂野友紀である。

■ チームの危機を救う
坂野は、瞬く間に勝ち星を重ねていった。
抜群のコントロールと小さく曲がるカーブ、 それに変化の極めて少ないチェンジアップ。 打者にはストレートにしか感じない独特の変化球を駆使し チームを次々に勝利へと導いていったのである。

勝利が続くと当時に、選手達も徐々に戻ってきた。
新たな戦力加入もあり、チームはこの年、 ついに球団史上最多となる年間17試合を達成。 その陰の立て役者となったのは、もちろん坂野である。
殿堂 板野【写真】試合前に神経を集中する坂野
■ 3年連続10勝超えの快挙
殿堂 板野【写真】MVPを受賞し表彰を受け笑顔の坂野
坂野はこの年、前人未踏の快挙を成し遂げる。
2005年
球団史上初となる3年連続二桁勝利投手となったのだ。

このころ、チームは年間試合数30を達成するなど勢いも増していた。
勝率5割以上でシーズンを終えることが定番となっていたが、 坂野の投球なくしてこの勢いはあり得なかったのだ。

そして坂野の実力は投手としての役割にとどまらなかった。
2004年には打点王にも輝くなど、投打に活躍する選手となった。
■ プライベートも充実で、今後のチーム活性に期待
破竹の勢いでチームを勝利に導く坂野。
プライベートでも充実した生活を送り、2006年に結婚。
そして、2007年には待望の長女も誕生した。

2003年、2004年と立て続けにMVPを獲得した坂野は、 2005年に球団史上初となる「殿堂入り」を果たした。 初代殿堂入りとなった感想を、こう語る。

「殿堂入りさせて頂いて、ありがとうございます。
 ブレザーとかもらえるんですか?
 野球ヒジに気をつけながら、
 これからは、打者としても頑張ります。」

今後、さらなる活躍が期待される。
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